旅に出るのはなにゆえか。
一歩一歩、
足の裏の感覚を感じながら歩く。
ひとつひとつ、放ちながら歩く。
刻々と刻む時間はいつしか忘れ去られ、
いまここにあるものにのみ存在する。
ひとつひとつ。
こうしてみると、
世界は知らないことばかりで。
空の色がこんなにおしゃべりだなんて
わたしは忘れていた。
少しのあいだ、目を閉じているうちに
あんなにも青く明るかった空に月が浮かび、
ピンク色に染まりはじめ、
気がついた頃には、星が瞬きはじめる。
そこらを飛び跳ねているのは、
ハミングバードなんてかわいい名前のついた、紛れもなくハチドリで。
力強い羽音はまさに蜂そのもの。
これでもかっていうくらいに、
羽根を震わせて
花から花へとその嘴を寄せる。
わたしは物語の中と外をいったりきたり。
ふいに、『プラテーロとわたし』(J.Rヒメネス著)を思い出し、
声に出さずに呼んでみる。
プラテーロ。
プラテーロは小さくてふわふわした柔らかい毛のロバ。
ロバを飼ったなら、この空の色のリボンを首に結ぼう。
突然、世界がこの手の中に落ちてきて、
ああ、なんていうこと。
この世はこんなにも愛おしく、こんなにも美しく、こんなにも勝手だ。
世界はわたしに何も要求していない。
この自由と幸福よ。
痛みも、痛みを飼うわたしも。
わたしはただここに存在していればいい。
何もかもが、ただ、ここにある。
そう言った端くれに引っかかるものを見るために、わたしは旅に出るのだろう。
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