得るものと失うもの


ひとつ前のコラムに書いた
「違和感」について。
もう少し書いておこうかと。


なんでもそうだけれど。
理想を描くことや欲望を持つことは、明日への糧になるし、向上心は生きる意味になり得る。


ただ、あまりにそれを実現させることにやっきになると、囚われの原因になる。
人の思考は紙一重だ。


「分かりやすさ」のひとつに、得られるもの・効果などの結果がある。


効果が科学的に証明されることは、多くの人が興味を持ち、

実践してみようと思うきっかけになるので否定するつもりはありません。



ここで、効果があるからやろうというのは「ゲイン」の考え方。


例えば、ランニング。


なぜ走るのか?と、問われたら
「痩せたいから」「リフレッシュしたいから」「強い体を作りたいから」

理由は様々でしょうけれど、何か“ご利益”=ゲインがあるから走る。

確かに、走っていたら、体重も減るだろうし、体も強くなる。


ただし、「ゲイン」を得るためとする功利的な考え方のもとで得られた幸福感や達成感というのは、長く続くものでしょうか?


確かに実験として脳の活性度などを測定すれば、科学的に見てそのときは「幸福な状態」にある。
けれど、それがもし短期的なものであり、心にしっかりと根付くものでないのであれば、
根本的に「幸福」である、とは言いがたいのではないか。


人間は欲深いもの。そのときに幸福感を得られたように思えても、

ある種の達成感を得ると今度はそれでは満足できなくなってきます。



すると次に、同じことをやっても同じような幸福感が得られるかどうかはわからない。

得られないからと「ゲイン」にこだわるほど、

理想への執着が強くなり、却って逆効果になることもある。




完璧じゃないことを許そう


目の前にある短絡的な利益を求めるのではなく、
それを実践すること自体を目的にする。


何か没頭して時間を忘れて絵を描いたり、
物を作ったりすることありませんか?


その瞬間、分別は飛んでいて、何も考えていない。

何かに没頭して時間を忘れている。



走っている時も、夢中になると頭の中が空っぽになったりしますが、

その結果は、走っていたら自然にそうなっていた、

ということでしかありません。



わたしたちは、時に結果を急ぎすぎるあまり、
ゲインを追い求めすぎるあまり、
何か大切なものを失っているかもしれません。


予期せぬことやいつもと違うことに出会ったときや、何か調子が良くないとか。

いつもの自分のバランスじゃない状態、何か欠けたり崩れたり、○○ができないという時。



急いでそれを修正して「元通りにならなきゃ」と焦ったり、怒ったり、パニックになる。


「なぜそれが起こったのか、いまどう感じているのか、いまどういう状態なのか」を

置き去りにして、「いつも通り」を取り戻そうとする。



元に戻すことが、完璧なのでしょうか?



わたしたちにいま必要なのは、
批判や判断を一旦脇に置いて、生きるうえで生じる可能性のあるすべての感情を受け取り、
完璧ではない自分を許すことかもしれません。



ゲインを手放す禅と、効果を得られるとされるマインドフルネス、

ふたつの要素をバランスよくつなげるPOINTS OF YOU®︎のFlowメソッド。

禅宿坊で行う一泊二日の特別なリトリートで、心と身体を整える旅をお届けします。


「いまここ」をあなたへ

旅する、ととのう。

〜禅 plus Hello Flow Workshop〜
2022/11/19(土)〜11/20(日)
宿坊 ZEN&BED 望月庵 

日々の音

大人のための絵のない絵本。 日常と非日常のはざまにあるふとした瞬間を音にする。 心を奏でていくと、世界はこんなにも美しくやさしい。 大人のあなたへ、ココロにまばたきをお届けします。

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