わたしはこの手にあるリンゴをどうするのか


少し前に、映画『関心領域 The Zone of Interest』をみた。


人は、自分自身の関心を持つ範囲の中で生きている。
関心のないことは、たとえ目の前に置かれていたとしても気がつかないものである。


映画『関心領域 The Zone of Interest』は、
「Zone of Interest」というエリアに住みながらも、同じエリアの中で起こっていることに、

無関心にいる人の話だ。



無関心にいる、と書いたけれども、
気がつかないふりをしているのかもしれないし、
気がついていないふりをしていることすら、
隠しているのかもしれない。


映画を観ていて思い出したのが、
『Barely Legal(かろうじて合法)』というタイトルの
ロサンゼルスで2006年9月16日に開催されたバンクシーの個展。


Banksyは、赤に金色の花柄を全身にスプレーペイントしたインド象の「Tai」を展示。
バンクシーは、大勢が無視している課題に目を向けさせた。


Elephant in the room という
英語の慣用句がある。


Oxford英英辞典は、「the elephant in the room」を次のように説明している

A major problem or controversial issue which is obviously present but is avoided as a subject for discussion



つまり「elephant」は、そこにいる人がみな重要と問題と認識していながら、

“あえて触れずにいる”、そういう議題を指す比喩のことである。

日本語だと「空気を読め」とか?
 


さて、映画『関心領域 The Zone of Interest』

第二次世界大戦時にナチス・ドイツが設置した強制収容所。

その強制収容所設置の際に確保される周辺地域「Zone of Interest」は、

基本的に強制収容所の周囲40平方km(4000ヘクタール)の区画で、

そこにもともと住んでいた人たちは排除され、農地も接収された。


ドイツ占領地のポーランド南部オシフィエンチム市に設置された

アウシュヴィッツ強制収容所の「Zone of Interest」は、

そのエリア内を親衛隊が厳重に監視し、現場指導していたのが、

ルドルフ・フェルディナント・ヘス。


映画はヘスとその家族の「Zone of Interest」での日常を描く。

アウシュヴィッツ強制収容所の凄惨な様子は、直接描かれていないけれど、

時に微かに、時にはっきりと、遠くの叫び声や銃声、犬の吠える声でスクリーンは満たされ、

鑑賞しているこちら側は、否応なしにその場面を想像させられる。



にもかかわらず、壁一枚隔てた家に住むヘスの家族たちは、“象”を見ていないのだ。

いや、収容者たちから搾取した物品(口紅、香水、義歯までも)を生活の中で使っているヘスたち一家は、気づいていないわけではなく、そこに意識を向けないことに集中しているかのようだ。



ジョナサン・グレイザー監督が、
物語の唯一の希望の光として描いたりんごの少女が出てくる。


収容者のために林檎を土に埋めていた少女は、実在のモデルがいて、

アレクサンドラ・ビストロン・コロジエイジチェックという人物。



アレクサンドラは12歳の時にポーランドのレジスタンスの一員として活動し、

度々収容者に食事を与えていたという。その話を聞いた監督が、

アレクサンドラの物語を書くことを決意したとのこと。



わたしは、わたしたちは、どちらにもなりうるはずだ。
ヘスにも、アレクサンドラにも。


戦時下という異常な状態でその選択によって
生きるか死ぬかが決まるような状況でもない。


とは言え、日常にも危険はあることも承知している。
けれども、わたしは知っている。


自分がどれだけ危険に晒されようとも、わたしを守ろうとしてくれる存在を。
きっと彼は娘のわたしだけでなく、隣り合った人のためにも同じ行動を取るだろうと思う。


何をよしとしていて、そこに生きているのか、なのだろうと思う。
彼はたくさんのりんごをわたしの人生に
差し出してくれた。


では、わたしはどうするのか。


人は、自分自身の関心を持つ範囲の中で生きている。


例えそうだとしても、世界に共感だけを望むのではなく、

人は互いが、まったく違う人間であること、

伝わりっこない部分を互いに持っていることを、
それを当たり前のように受け取れる世界を伝えていきたいと思う。


さて、映画でりんごの少女が楽譜を見つけてピアノで弾いた音楽は、

実際にアウシュヴィッツの収容者であったヨセフ・ウルフが、

1943年に書いた「Sunbeam」という楽曲。

(リンクは、ウルフ本人がイディッシュ語で歌うSunbeam)


映画中で唯一表現された収容者の音。
とても静かだけれど、力強い。



日々の音

大人のための絵のない絵本。 日常と非日常のはざまにあるふとした瞬間を音にする。 心を奏でていくと、世界はこんなにも美しくやさしい。 大人のあなたへ、ココロにまばたきをお届けします。

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