春に思い出すこと

春の花と言えば…
桜が真っ先に思い浮かぶ方も多いのかしらん。

わたしは、
たわわに黄色い小さなぽんぽんを纏い
大きな体を風に踊らせている
一本のアカシアの木を思い出す。


子どもから大人へ、どうしたってならなくてはいけない、

10代後半から20代はじめの頃。


当時アルバイトをしていた会社の庭に
そのアカシアの木はあった。


陶芸家であり、起業家であり、店舗デザイナーであり、プロデューサーであったその会社の社長。
北大路魯山人のようであり、種田山頭火のようでもあり、豊田佐吉のようであり、
いえ、何者にもたとえ難い、不思議な人。

コム・デ・ギャルソンと三宅一世と山本耀司とジーンズとスニーカーと…
とても洒脱な人だった。

だった、と言うのは
もう会えなくなってしまったから。

数年前、彼は亡くなった。

当時、何も知らない、何の実績もないわたしに
2軒の店舗を任せた彼の「若者に場を作る」と言う姿勢は、

確実にいまのわたしを作っている。


こんな風に何もかもから自由に、生き抜いた人を
わたしは知らない。


あとで、彼に聞いたことがある。
どうしてわたしに任せてくれたのか。


アルバイトを経て入社して間もない頃、
彼の工房に呼ばれたことがある。
轆轤を回しながら、
その辺の好きな器を持っていけ、と彼は言った。
わたしは、遠慮なく3つ4つほどの茶碗やらを選んだ。
(彼の器は、買えば何万円もする…)

彼は、こう言った。
「あの時の器を持つ手がよかった」と。


おそらく、その理由は
そうだったのかもしれないし、単に思いつきでそう言ったのかもしれない。


それでも、その言葉が、
とても嬉しかったことを覚えている。

アカシアの木を見ると、
彼の照れたような笑顔とその言葉を思い出し、
彼に恥ずかしくない生き方をしているのか?と

問われている気がするのだ。



ま、そんなこと彼はお構いなしに、
アカシアの花をむしゃむしゃ食べてるような気もするのだけど…。


日々の音

大人のための絵のない絵本。 日常と非日常のはざまにあるふとした瞬間を音にする。 心を奏でていくと、世界はこんなにも美しくやさしい。 大人のあなたへ、ココロにまばたきをお届けします。

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