「キレイゴト」で終わらせないために


わたしたちは、簡単に見失う。


したいこと、好きなこと、得意なこと。
本当に大切なこと。


人は自身の“知っている”範囲で、
見たいように見ているし、
信じたいように信じている。


思考であれ、行動であれ
「べき」も「ねば」も、
与えられたものだとしても、
理由はなんであれ、
自分でそれを選択しているのだ。


いいも悪いも
そういうレッテルをくっつけて、
そう見ているにすぎない。


一度「ない」と思って終えば、
簡単に無いことになってしまう。


誰かの発信やら、何かの情報で、
「これがよい」とされているものを見ると
それが本当に自分にとってよいのかはわからないから試してみる、として、
例えば違和感を感じても、
そのまんま「これしかない」と続けていたりする。


「ある」ものも、見失うのは簡単だ。


否定されたり、流行りに流されたり、
それが自分にとって近しい人の言葉なら尚更
そのレッテルのみがまるで真実であるかのように。

そして、たいていそういうのは、
「正しそう」に見えたりする。


やりたいこと、得意なこと、
好きなことが分から“ない”。


ほんとうに?


それは見えていないだけかもしれない。
ちょっと見失っただけかもしれない。
ずっとあなたの中にあったのに、
ただ気がつかないでいただけで。


とは言え、ね。
そもそもの
「わたし」についてよく知らない。
 

わたしたちは、自分じゃないものを自分だと思ったり、
自分の声じゃないものをこれは自分の声だ
気持ちだ考えだと決めたりする。
 

だから、見えてないだけであるって言ったって、さ。

てなもんである。



だからこそ、そもそもの「自己」というものを

取り戻すところから、はじめていくことが必要で。

 

「自己」に対する不安や不信は
「自己」を知らないがゆえの無知からきている。
 

SNSや本や占いや誰かの鑑定や判定ツール。
自己を知る術はちまたに溢れている。


けれども「自己」を知ることが出来ても
自己に“触れる”ことがなければ、
いつまでたっても絵空事だろう。
 
 
「わたし」に、どうしたら触れることが出来るだろうか。


あなたは全てを持っている、とか
あなたの中に全ての答えがある、とか
言うのは簡単だ。


けれどもその真理に触れることなしに、
体感や実感なしには、それはただのキレイゴト。


キレイゴトをキレイゴトにしておかないための、
わたしは誰なのか?を問い続ける力をつけるための、

わたしを色んな角度から体感するための、ワークショップを作りました。




−Oneness−あなたの「傷」はあなたの軌跡(全三回)

 session1. 《Vulnerability 脆弱性》わたしの脆弱性に光を充てる

 session2.《Purification 浄化》 わたしのなかの楽園
 session3.《Release 解放》わたしの独自性の価値


詳細は、こちらから



「自分の境遇を再整理するのではなく、最も深いレベルで、

自分がどんな人間なのかを認識することによって、安らぎを見出すことができます」

エックハルト・トール


痛みの下にある愛や喜び、心の喧騒の下にある静寂、
そして、思考の下に実在する存在としてのあなた。


全3回のワークと間のジャーナリングを通して、

「自分とは誰か?」「何が自分なのか?」

「ありのままに生きるとはどういうことなのか?」

を探究していきます。


「傷こそが、自分を作り上げている」
あなたの軌跡はあなた自身の奇跡です。

日々の音

大人のための絵のない絵本。 日常と非日常のはざまにあるふとした瞬間を音にする。 心を奏でていくと、世界はこんなにも美しくやさしい。 大人のあなたへ、ココロにまばたきをお届けします。

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