境界を越えていくもの当事者とただ訪れた人には隔たりというか、境界のようなものがある。極端なことを言えば、山と海に囲まれた小さな田舎町で育った者とビルの喧騒と光の中で過ごした者では、一見、ある“境界”があるなと思うことがある。祖母がいたこともあって時折訪れる東京は、ワクワクするのと同時になんとなく怖いものだった。大人になった今、ステキなお店も行きたい美術館も会いたい人も泊まりたいホテルもたくさんあって、しばし訪れるものの。わたしはそこでは訪問者にしか、なれない。空の狭さに心もとなくなってしまうのである。29Aug2019つれづれ日々の音
祈りの成分見るだけ専門のTwitterでたらればさんがこんなことを呟かれていた詩や短歌に感動してしまうのは、その文字列のうちのかなりの割合が「祈り」で出来ているからなんだなぁ…ふむ。これ、なんだかとてもよくわかる(ような気がする)。凝縮された文字数のなかに、そこに至るまでの時空があって。短歌なぞとくに、31文字に余韻まで込められている。わたしにはできない芸当だ。はて、いったい何が「祈り」を感じさせるのだろうか。22Aug2019つれづれ日々の音
この世界を祝福する人はこんなにも美しいWe are beautiful no matter what they sayWhy am I here?わたしはなぜここにいるのか。大いなる問いに向き合い続けた3日間。18Aug2019POINTS OF YOU®︎つれづれ日々の音